現代社会を生き抜く術を考える

考察と日記を織り交ぜたブログです。

春の名物?アクセス数ブースト!

久しぶりの投稿。私は大学を卒業したが、まだ就職できていない、つまり無職というわけだ。

まあそれはどうでも良くて、今回は最近急にアクセス数が増えたので、そのことを書く。

今年4月上旬、当ブログへのアクセス数が最大で1日254アクセスになった。

この数字は、弱小サイトの当ブログにとっては驚異的な数字と言える。

いったいなぜこのタイミングでアクセスが増えたのか?を考えると、

おそらく、春を迎えて大学ぼっち(予備軍を含む)が大学生活を生き抜くための情報を集めようとして、それで私のブログに辿り着いたのではないかと思う。

その証拠に、4月中旬を過ぎるとアクセス数はいつもの数字になった。

 

【真理?】男はコンビニを求め、女はデパートを求める

最近、訳もなく恋愛について考えていたら、ふと頭に浮かんだことがある。

それは、

「男はコンビニのような女を求め、女はデパートのような男を求める」ということ。

男は自分にとって都合が良く、いつでも自分の欲望を解消してくれるような女を求める。

一方女は、自分のグレードを引き上げてくれるような男や、きちんとした地位やポジションにいる男を求める。

つまり、「男はコンビニを求め、女はデパートを求める」のだ。

だからこそ、「デパート」に該当しない男は売れ残る。「デパート」になるには、それ相応の実力が必要になるから、なれない男は一生かけてもなれない。

本来は「コンビニ」になりたくない女でも、それ以外に強みがなければ、無条件で「コンビニ」を演じざるを得ない。

ああ、こういうことか、と思った。

恋愛を制するなら、男は「デパート」になり、女は「コンビニ」になることが必要なんだろう。

田舎にもある不思議なマウント

私は、人口20万人たらずの田舎の市が出身だ。

人口20万人足らずというと、もしかしたら「都会だ!」と思われるかもしれない。

例えば東京都府中市の人口は25万人だし、立川市の人口は17万人。

ただ、私の地元は人口に見合わない田舎ぶりなのだ。

人口が20万人あるとしても、実情に見合った数字は10万人弱と言ったところだろうか。

結局田舎特有の、合併という名の「寄せ集め」によって人口が増えただけにすぎない。

そして私の地元の人たちは、「○○市(地元)は県内で3番目に都会だ!」とよく言う。

1番都会なのはもちろん県庁所在地の市で、2番目は地元から電車で1時間ちょっとかかるとある市だ。

そして3番目が、私の地元というわけである。

3番目に都会と言っても、私の県が田舎なので全然都会とは言えない。

東京や神奈川、大阪などで「3番目に都会」であれば本当の意味で都会だと言えるかもしれない。

というわけで、私の地元の人たちは「他の市町村は田舎だけどうちは3番目に都会なんだ!」と、

意味不明なマウントを取っているように思える。

所詮外から見ればただの田舎で、不便なところもいっぱいあるというのに。

私の地元のような田舎の県は、1番都会の地域でなければ、満足できる生活など送れないのである。

3番目に都会なんて、そんなの都会じゃない。ただの田舎だ。

と、私は思う。

 

累計10000アクセスを突破したというだけ

さっきアクセス解析をちらっと見てみたら、このブログの累計アクセス数が10000になっていた。

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ブログを始めてから約2年経って、ようやく10000アクセスに。

10000/730(365日×2)=13.69.....程度だから、1日あたりのアクセス数はごくわずか。

逆に、こんな低空飛行状態を2年間続けていることが凄いと思う。

ということで、今後も気が向いた時に投稿したいと思っている。

格差の拡大が、人口に表れ始めた?

総務省の発表によれば、東京23区で初めて転出超過となったようだ。

首都東京の中枢と言われる23区で、人口が転出超過になったのは大きな意味がある。

新聞などでは、「昨今のコロナ禍でリモートワークが普及したことにより、都心から郊外に移り住む人が増えた」と説明されることが多いが、私は他にも理由があるのではないかと思う。

それは、人々の間で経済格差が拡大しているために、東京都心に住めなくなった人が続出しているのではないかということだ。

ご存知の通り、東京都心は日本でも屈指の家賃の高い地域だ。もとから住居を持つ東京出身者でなければ、自分で住む場所を手配しなければならず、高額の家賃を負担することになる。

数十年前のように、「一億総中流」が根付いていた頃の日本であれば、安アパート→賃貸マンション→一戸建てというように、年齢が上がるにつれて住む場所を変え、やがて東京に定着していくという「住宅すごろく」のような人生を送ることができた。

しかし今は違う。初めが安アパートであるのは同じだが、いつまでたっても安アパート暮らしが続く。マンションや一戸建てへとシフトすることはない。

それは何故か、理由は至極単純である。格差が拡大して、いくら働いても給料が上がらない状態が続いているからである。

給料が上がらないのであれば、高額なローンを使ってマンションや一戸建てを購入する余裕などあるわけがない。日々の生活を維持するだけで精一杯であるから、安アパートから抜け出すことができないのだ。

安アパートというのは、お世辞にも住環境の良いところではない。他の地方であれば、同じ家賃でもっとクオリティの高い住宅に住むことができるだろう。

ならば、東京都心に住み続ける理由などない。東京の郊外に出るか、思い切って関東地方から出て、別の地域へ行くか、ということになる。

かくして、東京都心の人口は減少しているのだと私は思う。

横浜の歓楽街を歩く

横浜市最大の歓楽街と言われる、「福富町」周辺を歩いてきた。

JR関内駅から近く、家族連れも多い「伊勢佐木町」からすぐのところなので、到達難易度は低い方だと思われる。

夜の街ということもあり、「大人向けのお風呂屋」が軒を連ねていたが、韓国料理のお店も多かった。神奈川県内で韓国料理店が多い地域というと、川崎という印象があったので、少し意外だった。

道行く人たちも、中国・韓国・東南アジアなど色々な国の人がいたような気がする。中華街にもほど近いから当然だろうか。

気になったのは、歩きタバコをしている人や、ヤンキー風の若者が多かったことだろうか。

歩きタバコは、特に大岡川周辺に多かった。この地域に「受動喫煙」という概念はない。街全体が、喫煙所になっているようだ。

「ドヤ街」として知られる寿町にも行ってみようと思ったが、道がよく分からなかったのでやめた。

一生来ない成人式

1月は、国内のほとんどの地域で成人式が開催される。私ももちろんとっくに二十歳を迎えているのだが、成人式に参加したことはない。

とある番組を見ていたら、出演者が「成人式では、(小中学生の頃は)子どもだったみんなが大人になっていた」と言っていた。

これは確かに正しいと思うが、私の考えでは、成人式に参加するような人が大人になっただけで、成人式に参加しなかった人というのは、私を含め大人になれていないのではないかと思う。

つまり、大人になる→社会に出るために必要なコミュニケーション能力や社会性を備えている→一緒に参加する友達がいる、同窓会で同窓と交流できる→成人式に参加する

という図式が成立していて、成人式に参加しない人というのは、私もだが「大人」として認められるために必要な能力が欠けているがゆえ、式に参加しないという選択を取るのではないか。

こう考えると、一見全員が同じスタートラインに立っていると思われる二十歳の時点で、既に個々人の間で大きな格差が生じ始めていることが伺える。

と言っても、式によって最底辺の人たちの存在が浮き彫りになるというだけで、残りの大多数の人たちは皆大差ないと言えばそうなのだろう。